もし君にひとつだけ強がりを言えるのなら

 

34歳、同い年の男友達が9年付き合った彼女とお別れをしました。

2人は僕の紹介で付き合いを始めたカップルでした。

途中3年間の遠距離恋愛もありました。

共通の友達も多く、周囲がうらやむ仲の良さでした。

僕が知る限りどちらも浮気していなかったし、喧嘩するたびにちゃんと向き合って仲直りしていました。お互いが求め合うのではなく、常に与え合う2人でした。1度も別れることなく9年間を過ごしました。

34歳と31歳。

誰もが同棲4年目の2人は結婚するものだと思っていました。

20代の貧乏だけど楽しい時期を一緒に暮らして、2人で大人になりました。

お互いの親にも挨拶して、画像フォルダには何百枚も写真があって、何回も夏とか冬を越えました。

膨大な時間や価値観や情報や感情を共有して、お互いが人生の一部になって、それでも別れるという選択でお互いが納得したんだから、外野がとやかく意見を挟んだり、どっちが悪いという審判を下す必要なんてこれっぽちも無いわけで、2人ともとにかく今はお疲れ様でした。

 

別れた彼女のことは彼女の女友達に任せよう。

大丈夫、彼女には優秀な女友達がたくさんいるから。きっと何回かの女子会と旅行で彼女は笑顔を取り戻すはずだから。

そして君が一番よく知っていると思うけど、彼女はとってもいい女だから、きっといい男と一緒になって幸せになると思う。

僕らはどうしようか。

オッサンになってから友達が大失恋するなんて思ってもいなかったから、僕にしてあげられることが何があるのなんかすぐには思いつかないや。

大学生だったら夜中に海にでも行くんだろうけど、眠くなっちゃうし、君は相変わらずペーパードライバーだし、たぶん行く途中のサービスエリアでうどん食べて「やっぱ帰ろうか」ってなるから、とりあえずお酒でも飲もう。名古屋駅の裏の路地にある煙もくもくの汚い焼き鳥さんで、いつも通りサッカーと下ネタの話で盛り上がろう。そんで、気が向いたら彼女のことを話せばいい。

君が望むならキャバクラだって行く。望まないだろうけど。

君が望むならカラオケで「もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対」って歌う。望まないだろうけど。そんで、やっぱりオッサン2人でのカラオケは気持ち悪いからやめよう。

 

ただ、僕は知っていました。

同棲してたぶん2年目くらい。

「結婚」というフレーズを2人とも口にしなくなったことを知っていました。友達が「結婚」というフレーズで2人をからかう度に笑いながらごまかすことを知っていました。

だから、別れたことに対してはめっちゃ驚いたふりをしたけど、実はそんなに驚いてない。

 

9年付き合った恋人と別れるなんて僕には経験の無いことなので「気持ちわかるよ」なんて嘘を言っても君は「なんでやねん」って返すだろうけど、独りで生きる30代の過ごし方だったら君よりたくさん知っているから、色々と教えてあげられる。

不動産屋の知り合いもいるから新居探しも手伝うよ。あの部屋は1人ではちょっと広すぎるし、家賃だって大変だ。

 

僕は君も別れた彼女も、これからもどっちも大切な友達だから、何が悪かったとか、こうすれば良かったとか、そんな話するつもり無いけど、時にはさりげなく、時には強引に背中を押すことにする。オッサンだって失恋したらこうやて友達同士で何とかするのが正解だと信じているから。

そして、いつか女友達も紹介する。やっぱりオッサンでも恋愛は必要だからね。

 

ホント嫌になっちゃうよね、大人なのに、こんなオッサンになってまで恋愛がしんどいなんて。想像してたのとずいぶん違うよね。それどころか、年齢を重ねる毎に恋愛は修行のように厳しさを増していくね。

それでもこれからまた違う誰かと出会って、連絡先を交換して、デートに誘うのに緊張したり、LINEの返信にどきまぎしたりあたふたしたりやきもきしたりするんだろうね。大人ってもっとスマートに色んなことをやるのかなって思ってたけど、恋愛ばっかりは高校生とかと変わんなかったりするよね。

顔と体ばっかりオッサンになって、仕事や立場も変わって、恋愛もこんな状況で、人生の選択肢は狭くなっていくばかりにも見えるね。

 

いつまでやんだろね、これ。

 

やっぱり「もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対」って歌うのは君にゆずる。あの歌の最後の「君あての郵便がポストに届いているうちは片隅で迷っている。背中を思って心配だけど。2人で出せなかった答えは、今度出会える君の知らない誰かと見つけてみせるから」って部分が刺さって泣いちゃうかもしれないけど、とにかく今は盛り上がればそれだけで充分だよね。

 

 

おしまい