トラウマ。
ありますよね。誰にでも。
高いところが怖い、暗闇が怖い、異性が怖い。
多くの場合、幼児体験等で心にくさびを打たれたことが原因だとか言われます。
けれど、僕はトラウマは何も幼児体験に限った事ではないと思うんです。
僕は、マイメロが怖いです。
確か21歳の秋でした。
19歳で大学を辞めた僕は東京でフリーターをして幸せに暮らしていました。
居酒屋、カラオケ、クラブ、ライブハウス、建築現場、警備員……
様々なバイトをしましたが、思い出深いのは「債権の回収代行」
ここで念のため有権者の皆様に訴えておきたいのが、いわゆる「闇金ウシジマくん」的な暴力と暴力と暴力でお金を取り立てるものではなく、債権を回収するという認可を得て、あくまでソフトに返済のお願いをするというスタンス。
「困るんですぅ…お金ぇ…返してください…ふえぇ…」って。
「お金返してください…お願いします…お金返してください…」って。
とにかく、笑顔が絶えないアットホームな会社で活気のある仲間たちと力を合わせてお金を返してもらうという簡単なお仕事。がんばったらがんばった分だけお給料に反映!
それで、この仕事のポイントは「借金の取り立て」ではなく「取り立てを代行」というところ。
「代行」 →「普通の金融屋さんなどが回収に困っているお客様の回収を代行する」というところ。
やっかい。正直、だいぶやっかい。
やっぱり様々なお客様ががいらっしゃいまして。
例えば、ピンチになるとわざとおしっこもらす学生。「あっ…あ…あぁ…」って。
例えば、身体で払うと言い張るおじいちゃん。不可。
例えば、行くたびに記憶喪失のフリをするオッサン。毎回「はじめまして」から始まる会話。
そんな個性派ぞろいのメンツに囲まれた職場で出会ったのが高田ばあちゃん。
東池袋の片隅に住み、パチンコとパチスロが生きがいの高田ばあちゃん。
最大の特徴は高田ばあちゃん常に「ニーニーちゃん」という名前のぬいぐるみを肌身離さず持っていたこと。
このニーニーちゃんこそが、ご存知マイメロちゃん。
サンリオが1975年に生んだ超重鎮キャラ。
サンリオ四天王といえばキティちゃん、けろけろけろっぴ、バッドばつ丸、そしてマイメロさんって言われるくらい重鎮。
好きな食べ物はアーモンドパウンドケーキ(これは今知った)
見た目は10000%マイメロちゃん。
少しボロボロだけど疑いようがないくらいマイメロちゃん。
でも、高田ばあちゃんにとっては「ニーニーちゃん」
ニーニーちゃん以外の何者でもない。
とにかく高田ばあちゃん、このニーニーちゃんを絶対に離さない。
でも、それだけ。
特に意思の疎通ができないとか、ニーニーちゃんとしかおしゃべりできないとか、そんな面倒なことは無い。
口は悪いですけど面倒見が良いばあちゃんで「田舎の親は元気か」とか「かぼちゃ煮たから食べていけ」とか。
借金の取り立てという立場でしたが僕と高田ばあちゃんは仲良しでした。
一緒にパチンコも行ったし、ばあちゃんのアパートの植木の世話もした。
電球も交換したし具合が悪いと言えば病院にも連れて行った。
今思えば、僕の両親は昔から昼も夜もほとんど家にいない仕事人間で、僕は幼少期の大半を祖母の家で暮らしました。
そんなこともあり、僕も高田ばあちゃんになついてたんだと思います。
それに、あんまりおばあちゃん孝行できなかったし、そんな想いもあったんだと思います。
ところがある日、僕の成績が良く、担当が池袋巣鴨ゾーンから原宿渋谷ゾーンへ。
いわゆる栄転。
これにともない高田ばあちゃんの担当も違う人に。
金を回収する側とされる側。
普通は担当変更の挨拶なんかしないんですけど、高田ばあちゃんには世話になったので挨拶に。
僕「たまには遊びに来るよ」
おばあちゃん「二度と来るんじゃないよ」
とかそんな感じでそっけない別れだった。
後任は僕の先輩で、見た目はアレですけど基本的に無茶はしない人。
面倒見がいい人なので僕も特に心配することなく池袋を離れました。
数週間後、池袋巣鴨ゾーンを引き継いだ先輩から連絡が入る。
「ここ数日、高田ばあちゃんが部屋から出てこない。異臭もする。様子がおかしいから来い」との連絡。
普段、呼び出しなんてまず無い。
よっぽどのことだ。
急いで高田ばあちゃんのアパートに駆けつける。
粗末なインターホンを押しても頼りない電子音だけが響く。
ばあちゃんは携帯を持っていなかったので家電に電話するも出ない。
とにかく応答が一切無い。
そして、かすかに腐敗した臭いがする。
(もしかして…死んでる…のか?)
本当にこの考えが頭をよぎった。
都会で老人の孤独死が話題になっていた頃だった。
どうにかして中を確かめる方法は無いものかとボロアパートのドアの郵便受けから中を覗いた。
そしたら、ばあちゃん、居た。
部屋の中央に。
こちらに背を向けて座っていた。
(なんだ、いるじゃん)
ホッとして郵便受けからばあちゃんに声をかけようとした時に異変に気付いた。
ばあちゃん、真っ白な着物みたいなものを着てる。
そして、床には新聞紙が何枚も広げられている。
広く敷き詰めた新聞紙の中央にこちらに背を向け小さくなっているばあちゃん。
瞬間(これはちょっとヤバい展開だぞ)と能が肉体に訴えてくる。
しかし、同時に(ヤバイ展開なのは間違いないけど何がどうヤバいのかは分かんないんだからねっ!)とも訴えてくる。
脳が考えられる様々な可能性を思い描く。
(やっぱり…やはり死んでる…のか…変死?)
最悪のシナリオが頭をよぎる。
すると、ばあちゃんが動いた。
正式には動いていた。座ったまま、背を丸め、わずかに、前後に。
(処理不可能処理不可能処理不可能)
まさに(見てはいけないものを見てしまった)と脳がパニックになりかけた瞬間、ばあちゃんが立ち上がり、郵便受けから見えない死角に移動した。
まず目に飛び込んできたのは、魔方陣。のようなもの。
おばあちゃんが座っていた場所に。新聞紙に太い線で丸やら三角やら描かれている。
あれ?今からバハムートか何か召喚します?
あれ?カーバンクルって召喚するとHP回復するんでしたっけ?
次に、視界に入ったのは生肉。
ビッグダディが豚の角煮を作るならこれくらいの大きさのやつだろうなってくらい巨大なブロック肉が魔方陣のセンターに。新聞紙に直置き。恐らくこれが悪臭の原因。
角が無いというか、輪郭が曖昧というか、遠目に見ても分かるくらいちょっと古い肉だった。
バラ肉の上にうつぶせ。
魔方陣の中央でバラ肉にうつぶせに置かれる無言のマイメロちゃん。
シュール。
そして、その日一番の恐怖を感じたのは、釘。
よく見ると、何本も、バラ肉に。何本も何本も、バラ肉に。
その日は…帰った。
目の前で繰り広げられている光景が信じられなくて、脳が処理を拒否した。
ばあちゃんに見つけられたら五体満足で帰れない気もした。
その晩に、先輩と飲んでたら 高田ばあちゃんから携帯に入電。
僕「……も…もしもし…?」
高田ばあちゃん「うふふふうふ、私、ニーニーちゃん」
恐怖。
恐怖しか、無い。
高田ばあちゃん、裏声でニーニーちゃんとして電話してきた。
そして
「あんたにニーニーちゃんの呪いをかけたよ。あんた、向こう10年苦労するね。女で」
その時の僕といったら、たぶん、いや間違いなくハニワみたいな顔になってましたよね。
なんなん?最後の「女で」って。
いや、あの、たぶんなんですけど、呪いって、もっと、事故にあうとか、病気になるとか、最悪死ぬとか、そんなんじゃないんすか?
翌日、僕と先輩で高田ばあちゃん訪問。
高田おばちゃんいわく、ニーニーちゃんには昔ひどい男にだまされてこの世を去った女の魂がなんちゃらかんちゃらで、男の運命を左右する大きな力がなんちゃらかんちゃら。
僕に電話をしてきた理由は
「たまに遊びに来ると言ってたのに数週間現れず、携帯に電話しても出ない」とかそんなよく分からない理由。とにかく呪われるには値しない理由。
寂しかったのかな。
でもね、高田ばあちゃん。
あなたのニーニーちゃんの呪いは効果抜群で。
僕の20代の女性遍歴と言えば
付き合っていた彼女が憑依されて一人称が「わらわ」になったり
バイト先で原稿用紙12枚におよぶラブレターいただいたり
元カノとよりを戻したら別れている間に実は結婚していたり
4ヶ月付き合った彼女が偽名だったり
彼女の恥骨を骨折させてしまったり
彼女のお母さんに15万5千円の神棚を買わされたり
彼女のお父さんに反省文を提出したり
3年間彼女がいなかったり
いやー
まいったまいった(笑)
まいったな
……
高田ばあちゃーーーーん!!
10年経ったよーーーー!!
解いてーーーーーー!!
ニーニーちゃんの呪い解除してーーーーーーーーーー!!
クリスマスが来ちゃうよーーーー!