ダイヤモンドは砕けない。恥骨は砕ける。

f:id:ui0723:20171219185457j:plain昨晩、友人から「あなたの元恋人が出産したよ」という知らせを受けました。

結婚5年目、待望の第一子だそうです。

もうずいぶんと前にお別れをした恋人です。

こんなとき、元恋人としては(特に男性は)「こんな時、どんな顔すればいいのかわかんないの」って感じになると思うんですけど、僕は心の底から安心しました。

ずっと喉の奥に刺さったままだったトゲが、スルリと抜けたような、そんな気持ちになりました。

 

2回、あります。

恋人を骨折させてしまったことが。

恋人の恥骨を骨折させてしまったことが2回、あるのです。

 

1回目は高校2年生でした。

学校から駅まで自転車の2人乗りをしていました(しちゃだめですよ)。僕が自転車をこいで、彼女が後ろ。

なんか、あるじゃないですか。よく分からないノリでキャッキャとじゃれあうこと。

ありましたよね?

脇腹とかをコチョコチョされたりして。

「やめろよ」

「やめない」

「あはは」

「うふふ」

みたいな。

みんなあんまり言わないけど、ありますよね?こんなノリになること。

無かったですか?いやあったはずです。

 

そのとき、あまりにもニャンニャンしすぎて運転がおろそかになったんですよね。

気付いたら目の前のガードレールに衝突。

当時、ゴリッゴリの運動部で屈強なフィジカルを持っていた僕は無傷だったんですけど、彼女が骨折しました。

恥骨を。

衝突の衝撃で座っていた自転車の荷台で大きくバウンドしたようです。恥骨を。

 

自転車の2人乗りする時(しちゃだめですよ)後ろの女子の座り方ってサイドに両足を揃えて座るパターン(横座り?)か荷台にがっつりまたがって座るパターンがあるじゃないですか。後者の座り方だったんですよね。

 

 

2回目は25歳くらいでした。

1人目とはすでに別れ、別の彼女です。

確かクリスマス前の寒い日でした。部屋でDVDを観ていました。アイアムレジェンドだった気がします。

映画館で一回観た映画だったので、何となく映画に集中できなくて、本当にウィルスミスには申し訳ないんですけど、なんか、あるじゃないですか?

DVDとかそっちのけで恋人とにゃんにゃんすること。

悪ふざけでくすぐりあったりすることあるじゃないですか?

「やめろニャンくすぐったいニャン」

「やめないニャン」

「あははニャン」

「うふふニャン」

みたいな。

それで、僕は本当に脇を触られるのが人一倍苦手で、でもガッツリ脇を執拗に攻撃されて、身を守る僕の頭が彼女の恥骨に強打したのです。

 

尋常ではない痛がり方にすぐ病院直行。

 

病室のベッドで横たわる彼女。医師から言い渡される「恥骨骨折」の診断。

 

その時、良くないのが、

「恥骨?また?また恥骨なの?!」って言っちゃったんですよね、僕。

 

「また」はまずかったですよね。

だって、その子にしてみれば初の恥骨骨折。

きっと寂しい想いをさせてしまいました。自分は初めて来た場所なのに実は恋人は元恋人と来たことがあった的な。

 

その後、病院にかけ付けた彼女のお義父さんと

お義父さん「君かね、娘の恥骨を折ったのは」

僕「はい」

お義父さん「どうやって折ったのか説明できるのかね?」

僕「あの、頭で…」

お義父さん「頭?!頭??!!」

という最悪の初対面があったりしながらも、僕はずっとおびえていました。

 

お義父さんが言った「娘が将来出産できなくなったらどうするんだ」の言葉に。

 

医者が「完治すれば出産にはまったく影響ないですよ」と言ったことももちろん覚えているのですが、街中や本、ネットで「恥骨」という文字を見るたびに、僕の心に刺さったままのトゲがチクチクと痛めつけていたのです。もう10年間も。

 

それがようやく無くなったのです。この年の瀬に。

 

ふと、思いました。

 

何か、ないでしょうか?

まだやっていないことが、

やり残していることが、

やらなくちゃいけなかったことが。

 

抜いてないトゲがあるんじゃないでしょうか。

 

今年の年初、色々は抱負を抱いていた自分には本当に申し訳ないんですけど、去年と同じような今年が終わろうとしています。

今日が終われば今年もあと12日。残りたったの約3%だそうです。

 

大丈夫。携帯の充電、3%あればまあまあ使える。

 

今からでも何かを始められるはず。何かを終わらせることができるはず。

「はじめるのが遅すぎたな」の後悔は「結局何もやらなかったな」の100倍ましなはず。

 

何年か先に2017年を振り返った時に「2017年は年末にあれを始めた年!」と即答できるように。

今年が終わる瞬間、自分にOKを出せるように。

 

 

そんなことを恥骨の知らせから考えた35歳独身彼女無しの夜でした。

 

ありがとうございました

おしまい

母さん、僕は結婚できないんじゃない。しないんだ。

母より「ところであんた、同性愛者なの?」というLINEが来て、まず思ったことは「ごめん。まじで、ごめん」でした。

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とっさに返信したのでちょっと悪ふざけしましたが、本当に心の底から「ごめん」と思いました。

この後「同性愛者であってもそれは個性だから、言ってほしい。親として否定する気持ちはこれっぽっちもない」というくだりが続きます。 

 

きっと勇気が必要だったと思うんです。

65歳、山形の田舎でひっそり暮らす母が、500キロ離れた土地で独りで暮らす息子に同性愛者か否かをきくのって。 

 

僕はいわゆる放任主義といわれる教育方針で育ちました。

子供のころ、親から何度もいわれた教育は「動物や子供を虐待するな、障がい者や外国人を差別するな、人様の娘の腹を無責任に大きくするな、めしは絶対に残さず食え」くらいです。

この教育は徹底していました。

高校の頃、他校の生徒とケンカして何度か警察のお世話になっても放っておかれましたが、オヤジの会社に勤務する外国の人の食事を笑ったときには死ぬかと思うくらいボコボコにされました。

ある意味、本当に徹底した放任主義でした。

 

18歳で「こんな田舎じゃ何もできないべ」と東京に上京して、大学を辞めてフリーターになったり、勝手に就職したり転職したり、いつのまにか名古屋に移り住んだりしました。

いつも親には事後報告であり、事前の報告も連絡も相談も一切しませんでした。きっと事前に相談したとしても、反対はされなかったという自信があります。

実家に帰るのは年に1回あるか無いか。実家に帰っても酒飲んで寝てるか、犬の散歩に行くか、地元の友達と遊びに行くか。 

地元にいたころは彼女が家に遊びに来たりもしていましたが、家を出てからは女っ気無し。

20代のころは帰省の度に母から「彼女いないの?」と聞かれることはありましたが「マザー、僕は誰か一人の男になりたくないんだベイビー」と冗談ではぐらかしました。最近は質問すらされなくなりました。

30代になってからの4年間はさらに帰省の頻度も減りました。1年に2回だった帰省はいつしか1回になり、去年は0回でした。

 

これまで生き方につて何も相談しない自由な次男と、放任してきた親。

僕と親の間には、いつのまにか大きな溝ができています。 

正直、帰省するたびに実家の居心地が悪くなり、家族が他人になっていくことを感じています。実家を出てから15年。当然のことかもしれません。

父と母にえられた生活のリズムや価値観は、15年という歳月で完全に塗り替えられているのです。

きっとそれは親も感じていて、最近では「帰省するのか?」という連絡さえ来なくなりました。

もちろん親子という絆は愛のあるものだと思っています。僕が犯罪に手を染めても、親だけはめしを食わせてくれると信じています。でも、やはり変化はします。

 

田舎で暮らす家族と都会で一人暮らしする息子は、こうやってゆっくり他人になっていくのです。そして、僕はそれが自立であり「親子のあるべき姿」だとも思います。

 

そして、多くの親たちは知らないのです。30過ぎても自由に暮らす生活の楽しさを。

少しの(でも20代に比べれば多い)自由なお金と、誰にも干渉されない毎日。何時に帰るも、何を食べるも、何を着るも、体調を崩すも、フリーダム。

この麻薬のような日々に僕らの体はすっかり蝕まれているのです。

 

でも、そろそろ、限界ですよね。

いくら放任主義とは言え聞いちゃうよね。

気まぐれに帰省するたびに確実に青年からオッサンに変わっていく息子。さすがに先が心配ですよね。

同性愛者か否かではなく、いつしかタブーとなりつつあった結婚の予定があるのか無いのかを聞きたいんですよね。

 

田舎でどくだみを刈る母が、34歳に、おっさんになった息子に同性愛者か否かを聞く。これは僕にとっては一大事なのです。

きっと精一杯の勇気であり、期待であり、心配だったんです。

 

母の暮らす山形は間もなく短い夏。

1年の3分の1は雪の中でひっそりと暮らす両親に僕は何ができるんだろう。

 

 

 

  

結婚しか、無い。たぶん。 

34歳独身の僕にできる親孝行は、もはや結婚しか、ないんです。恐らく。

結婚というのは、父の日とか母の日とか誕生日とか仕送りとかお年玉とか、そんな類の親孝行をはるかに凌駕するようです。きっと。

 

 

 

OK

 

 

 

ベイビー、母よ。そして父よ。あとバツイチの兄よ。ついでに犬よ。聞いてくれ。

18歳で実家を出てからあっという間に34歳になっていたよ。

もう大人、というかオッサンだという自覚もあるよ。

地元の同級生には10歳にもなる子供がいることも知っているよ。

正直、僕だって想定の範囲外だよ。34歳だったらとっくに結婚していると思っていたよ。子供もいると思っていたよ。それどころか仕事とか貯蓄とか、何もかもが想定の範囲外だよ。

でもね、何も考えず生きているわけじゃないんだ。これでも一所懸命生きてるんだ。

毎日目の前の仕事に忙殺され、毎月の家賃や光熱費や税金を払って、雨が降るたびに季節が変わって、友達の結婚式に行ったり風邪をひいたり女の子とデートしたり、独りで生活を維持することが精いっぱいなんだ。

そんな生活が矢のようなスピードで終わっていくんだ。

 

でも、結婚したいって思ったんだ。結婚しなきゃ、じゃなくて、結婚したいって思ったんだ。母よ、まじで勇気出させてごめん。

そして、もう独り身を謳歌するのは十分だと気付くきっかけになったんだ。

 

田舎で山菜や雪と暮らす家族。都会のマンションで暮らす自分。

これからも僕と実家という二本の線はゆっくり、でも確実に離れていくんだろうね。

だからこそ安心させてみせるよ、きっと。

僕は僕の世界で結婚しみせるよ。

母よ、父よ、バツイチの兄よ、犬よ。みなさんが知らない僕の世界で、僕は幸せになってみせるよ。

もしかしたら、兄貴も離婚して、次男も34歳で彼女の一人も紹介できなくて(子育てを失敗したかなぁ・・・)なんて感じているのかもしれない。そうじゃないことを証明してみせるよ。生きているうちに孫を抱かせてみせるよ。

65歳の田舎の母に勇気を出させてしまった僕の罪は、こうやって償っていくよ。 

だから、安心して欲しいんだ。500キロ離れた土地で独りで暮らす次男の将来を。

 

きっとボブカットの似合う、健康でスラリとした美脚の彼女を連れて帰るよ。

二人の老後の人生設計に「孫」というタスクを入れ込んでみせるよ。

孫こそが僕と両親を親子であることを繋ぎ止める重要な存在であると信じているからね。

 

また事後報告になっちゃうかもしれないけど、手放しで喜んでくれよな。

愛する母に勇気を出させてしまった罪は、絶対に償ってみせるよ。

二親に与えられし愛を、遠く離れた土地から、返してみせるよ。

 

とりあえず今年の夏は久しぶりに帰ろうかな。

きっと一人だけどね。

 

ありがとうございました

 

おしまい

浮気の罪と罰

身体は浮気したけど心は浮気していない。

心は完全に浮気しているけど身体の浮気はしていない。

 

はたしてどちらが残酷なのでしょうか。

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僕の女友達(31歳)が2年間付き合った彼氏(33歳)に浮気されました。浮気相手はなんと21歳(!)だったそうです。

彼女は僕に「この浮気を許すことができたなら…これからもっと大変なことが起こっても二人で乗りこえられると思うの…だから…がんばる。大丈夫。うん、大丈夫」と言いました。

さらに彼女は「浮気してしまったものはしょうがない。終わったことだし。それにこっちにも何か原因があったのかもしれない。だから、大丈夫」と言いました。

 

終わりの始まりが始まった瞬間です。

 

僕は彼女に「でもさ、君の彼氏、浮気中は相手の身体に夢中になって、気持ちよくなってもらおうと腰振ったんだよね。一所懸命、裸で腰振ったんだよね」と事実を伝えました。

彼女は泣きましたが、僕はこれっぽっちも反省していません。大切な友達だからです。大きなお世話だったのかもしれませんが、ちゃんと向き合ってほしかったのです。過去に何度も何度も同じような失敗をし、後悔している彼女に。

本当に許しているのか?これからは本当に大丈夫なのか?

逃げず、見て見ぬふりをせず、今回こそはしっかり向き合ってほしかったのです。

 

なぜ彼女は彼の浮気を許そうとしているのでしょうか。

 

彼女が31歳だったから?

彼が謝罪しているから?

彼の年収が高いから?

親にもあいさつが済んでいるから?

 

彼女は僕に、こうも言いました「身体は浮気したかもしれないけど、心は浮気していないと思うから大丈夫だと思う」

何が大丈夫なのか、さっぱり分かりませんでした。これっぽっちも分かりませんでした。

浮気を許す理由はさまざまだと思いますが、この場合はおそらく「別れたらまた一人になってしまうから」ではないでしょうか。

「別れるよりは浮気を許したほうがマシ」という選択をしたのではないでしょうか。せざるをえなかったのではないでしょうか。

 

僕は胸を張って声高らかに自慢できることがあります。

それは「今まで浮気をしたことが無い!!」ということです。

「浮気するほどの甲斐性やルックスや年収がないからだろ」「いやいや、そもそもお前、人生において彼女いる時期めっちゃ少ないじゃん」という方もいらっしゃると思います。おっしゃる通りです。でも、僕は小さい時から浮気がどれだけ幸せを壊すのかを目の当たりにしてきました。友人たちの離婚の原因の多くは浮気です。僕の兄も嫁の浮気が原因で離婚しました。孫と会えなくなったことが決まっときの父と母はひどく落胆していました。

 

浮気はしてはいけない。あたり前に聞こえます。

でも、こんなあたり前のことがあたり前になっていない世の中を僕らは生きています。 

事実として、この世は浮気にあふれています。きっと僕らが知っている浮気って、氷山の一角なんだと思います。僕らが知らないだけで、無かったことにされた浮気っていうものがこの世にはたくさんあるのかもしれません。

僕も、僕が知らないだけで浮気されていたのかもしれません。 

  

なぜ人は浮気をするのでしょうか。

 

知らないのです。コスパの悪さを。

コスパの悪さを知らない人が浮気するのです。

結婚している人が浮気をしたら多くの場合離婚します。子供とも離れて暮らすことになり、結婚を祝ってくれた多くの人に対しても残念な結果を報告しなければなりません。養育費や慰謝料だって発生します。将来、自分の子供も知るでしょう。1回の浮気で失う物が多すぎます。どう考えても見合ってないと感じます。

 

いや、やめましょう。こんな分かりきった話は。

もっと本質的な、地獄の部分の話をしましょう。

 

浮気持つ最大の罪と罰は「レッテル」にあると僕は考えます。

 

冒頭にお話しした浮気を許そうとしている僕の友人は、彼が浮気をしたことを許そうとしています。無かったことにしようとしています。

しかし、事実は無くなりません。

この先、彼女はずっと、もしかしたら一生彼に対して(この人は浮気した人)というレッテルを貼って生きることになります。

 

時間が経過して、彼となにか別のことでケンカしたときも、心のどこかで

(なんだよこいつ、えらそうなこと言いやがって。浮気したことあるくせに。私は浮気を許してやったんだぞ。忘れたのか)

というぬぐえない気持ちを持ち続けるのではないでしょうか。

 

何もケンカした時に限っての話ではありません

 

彼女「ただいまー!」

彼「スヤスヤ……ん…あ、おかえり…」

彼女「あ、起こしちゃった?ごめんね(ご飯も作らず洗濯もせず寝てやがる。浮気したくせに)

 

彼女「カレー作ったよ!」

彼「もうちょっと辛い方が好きかな」

彼女「そっか(なんだよこいつ浮気したくせに)」 

 

彼氏「ごめん、到着30分遅れる!」

彼女「浮気したことあるくせに?」

 

極端に書きましたが、こんな「浮気のレッテル」生活が一生続く。何かの拍子にスイッチが入る。精神的な地獄です。彼女も彼女で、一度でも彼に「浮気を許す」と伝える以上、この先決して「浮気したことあるくせに」と口に出してはいけません。それくらいの覚悟が必要なはずです。

 

浮気を許してもらった側にも、許す側にも、一生取れることのないレッテルがつく。

これが浮気の最大の罪と罰だと考えます。

 

もちろん個人差があるのは百も承知です。恋愛の形は十人十色。

浮気をネタにできるカップルや夫婦も稀に存在していることを知っています。

 

でも、もし無理して浮気を無かったことにしようとしている人、許そうと思っている人、許したつもりで苦しんでいる人がいたら、もう一度だけでいいので考えてみませんか。

 

浮気を許すには覚悟が必要ということを。

 

この先背負って生きていく「浮気を許す」罪と罰について。

 

 

ありがとうございました。

 

おしまい