元カノの一人称が「わらわ」だった

夏が来て、夏が終わる頃になると

 

(今頃どうしてるかな…)

 

なんて10年以上昔に付き合っていた恋人を思い出します。

 

名前をナオちゃんと言います。

 f:id:ui0723:20150902114338p:plain

これは今から10年以上前の話。

僕が故郷の山形から東京に上京して2度目の夏の出来事です。

 

19歳でした。

 

ナオちゃんとは付き合いはじめて1年くらいだったかと思います。

当時、僕は池袋のカラオケボックスでバイトをしていて、夕方から朝まで働いて昼は寝てるという夜型の生活を送っていました。

ある日、自宅である高円寺のアパートで寝ていたらナオちゃんが部屋に突然やってきました。

正確には、起きたらナオちゃんが部屋にいました。

夕方、西日でオレンジ色に染まった部屋で、ナオちゃんは床に正座してこっちを見ていました。 

 

「うおっ!びっくりした。どうしたの!?いつ来たの?あれ?って言うかカギ開いてた?起こしてくれれば良かったのに……」

ここまで言って、異変に気付きました。

 

何かが、おかしいのです。

何と言うか、本能が僕に(おい気をつけろよ!)と訴えてくるのです。

何にどう気をつければいいのか具体的に言えと言われても困るんですが、本能が(とにかくっ!今っ!この空間はっ!日常では無いっっっ!)と。

 

「ナオちゃん?」

 

呼びかけてみますが、返事はありません。

 

僕はベッドから降り、ナオちゃんの元へ歩み寄り、ややうつむき加減に座るナオちゃんんの顔を覗き込みました。

 

動いていました。

 

黒目が。

 

左右に。

 

ありえないスピードで。

 

目尻から目頭まで。

 

まばたきはせず、口は半開きで、目が、黒目が左右に動いているのです。

 

黒目の動く振れ幅とスピードは誰が見ても人間の意志では不可能なものです。

 

直感で感じました。

(あぁ、これは完全によくないやつ来ちゃった。来ちゃった。来ちゃったな)と。

 

「ナオちゃん?」

「ナオちゃんっ?ナオちゃんっ!?ねえ、ナオちゃんっ!!?」

 

名前を呼ぶこと以外に、僕は何もすることができませんでした。

噴き出る汗。心臓は鼓動を早め、息は切れ、そのことがさらに脳のパニックを加速させます。

 

いくら呼んでも返事をしないナオちゃん。

 

世界中の時間が完全に止まって、僕の心臓とナオちゃんの眼球だけが動いてる世界に来てしまったような錯覚に陥った時、ナオちゃん、言ったんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

「わらわは……」

 

 

 

 

  

 

  

 

 

 

 

 

新しい。 

非日常がさらに非日常になります。

人間というのはよくできているもので、ここまで来ると、逆に少し楽しくなりました。

 「あ…ありのまま…今起こったことを話すぜ…」と一瞬のポルナレフ状態から必死に体勢を立て直し思い切って聞いてみました。僕の中に(ナオちゃんがふざけてるだけ)という願望も残っていたんだと思います。

 

「新しい。わらわって。新しいよナオちゃん。新キャラ?誰の真似?」

 

しかし、ナオちゃんは僕の質問には答えてくれません。それどころか、ギリギリ聞き取れないボリュームでゴニョゴニョなんか言っています。

何を言っているか分からないのですが、所々聞こえる言葉が「ぬし」とか「~にたりて」「~しておる」とか20歳そこらの女子が使う言葉ではありません。

当時、ナオちゃん好きだったバンドはハイスタでした。いつも「Stay Gold」や「Kiss Me Again」聴いていました。

もう「わらわ」からは一番遠い世界。

 

そして、 その間もずっと眼球は左右に動いていています。

 

 

全体的な雰囲気もナオちゃんなんですけど、何かが違います。

何が違うかなんて分かんないんですけど、どこかが決定的に違う。

言葉で表現するのは困難。

ナオちゃんに似ているけど、ナオちゃんでは無い。

時折目の動きが止まりこっちを見てる時も、僕を通りこして僕の後ろ側を見ているような目線。

 

それでも(ナオちゃんはふざけているだけ)という願望に似た希望を捨てきれない僕。 

 

折りたたみ式の白い携帯(ガラケー)をサッと股間に当てて

 

「ウィスパー」

 

と言う当時ナオちゃん爆笑確実の超鉄板ギャグをぶちかましたけど、無視です。

 

「わらわ、わらわ」言ってます。

 

僕が超すべってる感じになってます。

 

蒸し暑い夕方の高円寺のアパート。

差し込む西日。

流れる汗。

股間のガラケー

眼球を左右に振る女。

「ウィスパー、ウィスパー」

「わらわ、わらわ」

 

 

シュール。 

 

言葉忘れし女人此処にありて意思疎通不可。我混乱せり。

  

超困った僕は電話で助けを求めました。

何かとかわいがってもらってた当時のバイト先の店長さん。

 

店長さんはすぐ来てくれました。

(すぐ来てくれた理由はドラッグだと思ったとのこと)

  

無論、店長ドン引きです。

まず、僕の部屋の玄関にドン引きしていました。

カギがめちゃくちゃになっていたのです。

ボロアパートだったのでカギなんて元々粗末なものだったんですけど、明らかに外部から破壊されていました。

 

そういえば、ナオちゃんに合鍵なんて預けていません。

恐らくですが、ナオちゃんは呼び鈴も鳴らさず、部屋のカギを壊して入ってきたのです。19歳の女の子が、です。

 

そして店長、ナオちゃん本人を見てもドン引き。

普段超笑顔で接客を心がけ「人様の悪口は絶対に言うな」が理念の店長から

「この意思の疎通のできなさ、うちのバカ犬以下だな」

という暴言まで飛び出す始末。

 

この状況、とんでもなく非日常的なはずなのに、本当に人間ってやつはよくできていて、慣れるんですね。その環境に。時間の経過と共に「わらわ」にも慣れきて、だんだんイライラしてきます。

 

そしたら店長「病院行こう。これは、病院に行ってみよう」と。

 

確かに。

 

もう僕の頭の中ではずいぶん前から「お・は・ら・い」の四文字が幅をきかせていたんですけど、様子がおかしい人を病院に連れて行くのは当然の行為です。

 

 「すいません、先生、この子、さっきから言葉使いが古今和歌集なんです」と。

「看護婦さん、この子夕方から眼球が左右に猛スピードで反復横飛びなんです」と。

 

行きました。

すでに夜でしたが新宿の立派な病院に。

 

検査中、ナオちゃんは心ここにあらず。

一時期のGLAY以上にここではないどこかへ行ってた。

 

そして、数時間に及ぶ検査終えて、お医者様、言ったんです。

 

 

 

 

 

「ビタミン不足ですね」って。

 

 

  

 

 その時の僕らときたら多分、いや絶対にハニワみたいな顔してました。

  

 

「ビタミン不足だと思うんですけどね、うん」って。

2回言った。先生、間違いなく自分に言い聞かせてました。

 

 

日本の医療は世界と比較してもかなり特殊な構造になっているそうです。

人口に対する医師の数は先進国トップクラス。なのに病院の数が多すぎるので、結果、医師は沢山いるのに病院数も多くて常に人手不足という状況らしいです。特に夜間は問題視されいて、夜間病棟には研修医がバイトで診察をしているのがもう当たり前になっています。しかもその多くの研修医が専門外の科の診察まで行うというのです。

 

 

でもね、それにしてもね、先生、「ビタミン不足」って。

 

 

店長言いました。しぼり出すような声で言いました。

「……ビタミン不足で…こんなんなるんだったら…日本中こんなんですよ」って。

確かに。

僕も独り暮らしでレモンとかオレンジとかビタミンなんかほとんど食べて無かったですけど、一人称はわらわにも拙者にも吾輩にもなんなかったし、眼球も左右に揺れなかった。

シフトの組み方とか、休憩の回し方とか、納得できないことが多々あったけど、この時ばかりは店長の言うことに超納得しました。

それこそポロリと取れるんじゃないかっていうくらい、店長の隣で首を縦に振りました。

 

 

 

店長「先生、じゃあ質問を変えます。こんな子が外来で来たらこの後はどうするんですか?」

 

 

ここからは大人の話し合い。先生と店長が話し合った結果…

 

 

店長「…なんか渋谷の方にいけば…治るらしい…」

僕「…病院ですか?」

店長「…いや…はっきりとは言わなかったけど…言えないんだろうけど…なんかもっと、こう、霊的な感じのところ…多分…」

 

 

もうどこでも良かった。おはらいでも心療内科でも。

疲れてたし、正直、この非現実的な時間に少し飽きてた。

病院の先生だって大変だ。

「ああ、これは憑依ですね。悪霊かな?」なんて言えるわけないし「現在医療ではよく分かりませんね」なんて言えるわけがない。

彼らは何かしらの病名を付ける義務があるんです。

 

 

それで、おはらい行った。

渋谷方面のとある神社?(ほぼ民家)に。

それで、なんか「え?終わりすか?」みたいにあっけなく終わった。

 

でも、効果てきめん。

ナオちゃんはナオちゃんに戻って、キョトンとしてる。

 

お祓いした人いわく「ヘビだね、こりゃ」とのこと。

 

 

少し笑った。

 

 

意識の戻ったナオちゃんにこれまでの出来事を説明しましたが全く記憶に無いらしく

「テレビみたいだね」なんて言ってケタケタ笑って。

 

 

僕は、彼女のそんなところが好きだった。

 

 

でも、僕のもとに一人称が「あたし」のナオちゃんが戻ってきたのは束の間でした。

 

 

だってナオちゃん19歳。

 

今回の件は後日店長から親御さんへも連絡が入ってました。

親御さん超心配。

 

心配なんでしばらく新潟の実家に帰省することになりました。当然の判断です。 

 

でも、しばらく帰る、なんて言っても分かってた。

 

多分もう一人暮らしはできないんじゃないかって。

東京には戻ってこないんじゃないかって。

 

当然の結論。

僕らだけでは決めれない。

 

19歳だったけど、それぐらいは充分理解できました。

 

それで、新幹線に乗って実家に帰るナオちゃんを見送りに行ったんです。

 

忘れもしない。

7月23日。僕の20歳の誕生日。

 

狂ったようにセミが鳴く日。

 

東京駅北陸新幹線ホーム。

 

「たまには会いに行くよ」なんて言ったりして。

たぶん最後のお別れになるのに。

 

 

ドアの向こうで照れ笑いするナオちゃん。

 

 

響く無機質な発車のメロディ。

 

 

「じゃあ元気でね、本当に会いにいくから。なんか、こんなことになって……

 

 

閉まるドアに途切れる言葉。

 

 

その時

 

 

見たんです。

 

 

新幹線のドアの窓越しに。 

 

 

夏の日差しを浴びて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左右に激しく動くナオちゃんの眼球を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おしまい